3-8.08 中国国民党と中国共産党 P222

中国国民党と中国共産党

眠りから覚めた獅子はどこへ行く
 中国国民党は、孫文によって1919年に設立された。孫文は、それまでの秘密結社的な中華革命党を国民党に改組したのである。孫文はロシア共産党(ボルシエビキ)に学び、鉄の規律を持つ党とその指導に従う軍の組織に着手し、ソ連も孫文を支援した。しかし、孫文が死去(1925年3月12日)したこともあり、又蒋介石がその権力を握ったこともあり、反共、民族的側面を強め、中国共産党との路線の亀裂は深まる。
 その後、国民党は国民革命(1924 - 1928年)によって北京政府を瓦解させ、1928年から49年まで中国大陸を統治したが、49年に共産党との内戦に敗れて台湾に逃れ、反共の砦として利用しようとした米国の支援を受け強権的な政治を行なったが、冷戦の終結とともに見捨てられる。
 中国共産党は1921年に組織された。 1915年からの新文化運動の進展の中でマルクス主義が中国に伝播し、コミンテルンの支援のもとで、陳独秀や李大釦などにより、共産主義運動が始められた。その後の革命闘争と抗日戦争の中で、毛沢東が共産党内の指導権を確立し、1949年に中華人民共和国を設立した。共産党は今日に至るまで大陸を「党の指導」を前提として統治している。
両党の関係
 いずれの党も中国における植民地支配の排除を願う国民の広範な願いを背景に、しかもソビエト革命の影響をもろに受け、コミュンテルンの指導を受けていたこともあり、二度にわたる統一戦線を汲み日本帝国主義と闘ったが、中国国民党は民族主義を党是に掲げ、片や中国共産党は共産主義を標榜していたことから、結局は決裂することになった。しかし当時の中国が封建的遺制を色濃く残し、多数の民族が共存しつつ、それぞれの課題を抱えていたことからも、独裁体制の手法を取らざるを得なかったのは、ある意味歴史の必然とも言えるのではないだろうか。
   おおきな目で見てこの独裁権力からの払しょくも焦眉の課題となるだろう。
国民党の現在
 国民党は、1987年に戒厳令を解除し、96年からは普通選挙により総統(大統領に相当)を選ぶ民主化を断行した。その後、選挙で民進党に敗れ一時野党となったが、2008年に政権を奪回、12年の総統選挙と立法院(国会)議員選挙でも勝利し与党の立場を守った。

中国共産党の現在
 共産党は1943年のコミンテルンの解散以後、独自性を強めてきたが、50年代末から明確化するソ連との対立を経て、毛沢東思想と言われる独自の共産主義理論の構築を目指した。しかし、プロレタリア文化大革命(1966 - 76年)の失敗後は、そのダメージを回復することに努め、特に78年以後は積極的な改革開放政策を実施して経済発展を実現し、2010年には国内総生産の総額で世界第2位の経済大固となった。今日では資本家階級をも党内に含め、国民政党化しつつある。
 しかし建国以来、毛沢東路線の数々の失敗、共産党幹部の腐敗、少数民族と漢民族の軋轢、貧富の差の拡大など共産党の標榜する新しい社会主義の道がなかなか先が見えてこないのも事実である。

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