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2015年11月15日日曜日

国共合作と対立の克服 対日統一戦線の成立

国共合作と対立

国共合作は1924年に第一次、そして1937年に第二次と2度にわたって行われている。
 それらはいずれも形の上では中国国民党と中国共産党の相対立する2つの党による合作であった。絶対に交じり合うことのない彼らが、どうして交じり合うことができたのだろうか?かつての日本人はそのことをきっちり読むことができていたのだろうか?その鍵は時代背景にあり。それを読む力は歴史を勉強する以外に付けることはできない。
 どの時も列強の帝国主義的搾取と収奪が激化し、それに対する大衆運動や労働運動が盛り上がり、統一戦線が大きな広がりを見せていた。
 第2次国共合作では第一次と少し趣が異なる。第2次国共合作の直接の原因となったのは、日本の
関東軍に列車ごと爆破された張作霖の息子の張学良が引き起こした西安事件である。
 さらにこの時期は日本の侵略に対して、中国人の反日感情が大きく盛り上がっていたことに加え、蒋介石が率いる国民党と毛沢東が率いる共産党は依然として厳しい内戦を続けていたものの、共産党は戦力においても、党員数においても、そして大衆的にも第1次の国共合作の時期と違って大きな陣容を擁していた。
 しかしながら、この二度にわたる合作により、ようやく反日の統一戦線が成立し、日本を中国から放逐する舞台が整い、反日の闘いが中国としての統一して大きく前進することになる。
(中島嶺雄著 「中国現代史」参照)


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